2021.08.12
コラム

愛研創業のDNA~事業活動の変遷~

生物試験を基盤に環境測定分析ビジネスへの参入に活路を見出す。

前回までのコラムはこちらから↓
愛研創業のDNA~はじまり~

目次
1.毒性試験-マウスの累代飼育と販売-
2.ダニ試験-防ダニ薬剤の開発と販売-
3.環境計量証明事業への参入

毒性試験-マウスの累代飼育と販売―

会社設立当初は日本環境衛生センターとの受注契約を実施するため、飼育実験室で遺伝的に均一性を高めた系統マウスの累代飼育を行った。また、将来への毒性試験業務拡大に向け、累代飼育中の成長段階における体重及び各臓器重量の変化、92物質にも及ぶ化学物質に対する急性毒性評価、催奇形性試験など、毒性試験の事業化に必要な基礎データーの収集に努めた(愛研詳報Vol.1(1)平社ら,1979)。
これらの基礎的な積み重ねを経て、毒性試験業務もいよいよ軌道に乗り、1983年頃から職業性皮膚炎が全産業で大きな問題になっていた「かぶれ」などのため、使用する切削油等について、OECDに準拠した経口毒性試験や皮下充血試験による刺激性評価試験へと結実した。また化粧品などの日用品についても、本試験が応用され、さらに魚毒試験にも業務拡大するなど、当社の基盤事業の一つに発展していった。

ダニ試験-防ダニ薬剤の開発と販売-

1965年頃、公団住宅の畳から発生するケナガコナダニ被害が阪神以西に起き、続いて1968年7月東京都町田市にある公団住宅でも、入居が不可能になるほどの大発生があった。住宅公団は、これに対処するためダニ対策協議会を発足させた。その協議会の運営は、ダニの世界的権威者である佐々学博士の愛弟子であった平社が中心的役割を担い、水谷・田中(日本環境衛生センター)らとの共同研究による薬剤開発が始まった。平社の親しい友人の尽力によって、当時入手困難であった殺虫剤原体をドイツのバイエル社より入手し、バイテックス50%乳剤の処方を開発した。
薬剤の製造は兵庫県西宮市の製造会社に依頼し、薬品名を「ユーコーバイテックス50%乳剤」とした。愛研は1979年3月に毒劇物一般販売業を登録し、初めて購入したトヨタハイラックスで広島県の製紙会社に販売配送した。製紙会社はこれを防虫紙に加工した後、畳製造業者に販売供給した。「ユーコーバイッテクス50%乳剤」はその後「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」の対象物質になり、医薬品として申請する必要が生じたため、愛研は1991年11月に医薬品販売業登録を取得した。この防ダニ製剤の製造販売の実績は、関係各社とも1998年頃まで順調に推移したが、住宅公団の住宅件数が減少に転じたことや一戸あたりの畳の部屋が減少したことなどの原因により次第に減少した。
カーペット・寝具類の室内塵性ダニが社会一般に知れ渡るようになると、繊維業界は「防ダニ加工製品」を販売するようになった。しかし、市場に多く出回るにつれて、消費者から製品の性能に関する苦情などにより一部混乱が生じた。1990年経済産業省(当時の通商産業省)は、アパレル製品等品質性能対策協議会を立ち上げ、分科会において、表示用語、評価基準などについての実態調査を行った。これを機に関係業界団体は1994年からダニ検査に関わる試験方法の検討を始め、1999年に「防ダニ加工製品協議会」を発足させ2007年繊維製品の防ダニ性能試験方法JISL1920を公示するに至った。愛研は、これら協議会等のメンバーとして1994年に参加したのを皮切りに、JIS規格原案の作成委員として、また原案の文責者として深く関わってきた経緯がある。現在、これらの試験方法をベースに作られた国際規格(ISO)によりJISL1920の改定作業が進められている。
以上のように、愛研の企業活動の原点は、生物試験を基盤にした他社では余り見られない分野でスタートした。しかしこの分野だけでは安定した経営基盤を維持することは難しく、新たな基盤事業の開拓が必要であった。

環境計量証明事業への参入

1960年代後半における環境測定分析は、ほとんどを地方自治体や特定の公益法人が主体となって行われており、民間企業の参入は極めて限定的であった。しかし、環境計量証明事業所が1974年に、許認可事業になったことから、愛研にとっても有力な基盤事業になるのではないかと、愛知県内でいち早く環境計量証明事業の登録を行った。
1975年8月、六価クロムを含んだ排水が名古屋市にある下水処理場に流れ込み、大きな社会問題になった。これが引き金になりメッキ工場の六価クロム問題として大々的に報道され、あたかも公害の元凶のごとくに扱われ、徹底的な行政指導が始まった。当時はまだ、メッキ業界をはじめ各工場・事業所に対し、排水検査の義務化は課せられていなかった。薬剤メーカーが使用薬剤の管理の一環として実施する検査以外の独自の検査項目については、事業所自身が地方自治体等の検査機関まで検体を持参して検査を受けているのが実態であった。
そのようなときに、思いがけなく工業薬品商社の某氏の紹介により、愛研はメッキ工場の排水検査を初めて受注することになった。このときに、工場の排水口から直接当社の社員が採水するという、今ではあたりまえになっているシステムを初めて導入することになる(当時はまだ工場側にとっても検査機関にとっても工場内に自由に立ち入るには相当の抵抗感があったことを考えると画期的なシステムであり、メッキ業界が先進的に公害問題に取り組んだ証でもある)。これを機に1977年から鍍金工業組合の名古屋、尾張、三河地区における支部単位で全事業所の排水検査、スラッジ溶出検査を受注した。さらに、メッキ工場から排出されるクロム酸ミストの検査も始まった。
このように、愛研が環境分析業務として最初に受注したのはメッキ業界からであり、ここを足がかりに他の業界へと徐々に進出を図り、現在では200社余りの製造業をはじめ他の工場・事業所から遵法対応のための定期検査業務を受注するまでになった。さらには愛知県下の行政機関からの業務受託も始まり、環境計量証明事業所としての輪郭がかなり明確になってきた。

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